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つながる命のために〜仏教者として今伝えたいこと〜インド仏教最高指導者・佐々井秀嶺師を迎えて

Description

つながる命のために ~仏教者として今伝えたいこと~

インド仏教最高指導者・佐々井秀嶺師を迎えて




2019年6月21日(金)

同慶寺本堂(福島県南相馬市小高区)

参加費無料、カンパ歓迎



13:00 開場

13:30 破天荒な生き方の佐々井秀嶺(バンテージー)とは何者?
(フォトジャーナリスト山本宗補によるパワーポイントを使った佐々井秀嶺師の活動紹介)

14:00 佐々井師のお話し。対談相手は田中徳雲同慶寺住職。

15:00 質疑応答を兼ねた休憩(茶話会的に)

15:30 終了

16:00 佐々井師一行出発

18:16  いわき駅発 

20:43 東京駅着


主催;同慶寺
後援;南天会

注:佐々井秀嶺師の活動を実感できる山本宗補写真展は21日から30日まで同慶寺本堂にて開催です。




佐々井秀嶺師 プロフィール

1935年、岡山県生まれ。インド仏教最高指導者。

1988年インド国籍取得。ラジブ・ガンディー首相(当時)からインド名、アーリア・ナーガルジュナ(龍樹)を授与される。

青年時代に人生に悩み家出し自殺未遂。1960年、高尾山薬王院(真言宗智山派大本山)にて得度。

タイ留学を経て「破戒僧」寸前に1967年インドに渡り、1968年からはアンベードカル博士が1956年に50万人の同胞と共にヒンドゥー教を棄て、仏教に集団改宗した聖地ナグプールに入る。

カースト差別に苦しむ人々を救う人権運動でもあるインド仏教復興運動に尽力。

1992年から世界仏教徒の根本聖地であるブッダガヤの大菩提寺管理権を仏教徒の手に取り戻す闘争を開始。

2003年にインド政府少数者委員会の仏教徒代表に任命された。

2009年に44年ぶりの一時帰国を果たし、東日本大震災三ヵ月後には被災地を読経して歩いた。福島県は一時帰国の際、何度も慰霊に訪れ、原発事故の実害を目に焼き付けている。

「僧衣は社会奉仕家としてのユニフォームである」という名言がある。

主著に「必生 闘う仏教」(集英社新書)、「求道者 愛と憎しみのインド」(サンガ新書)など。




田中徳雲(たなか とくうん)師 プロフィール

1974年、福島県いわき市生まれ。高校在学中に吉川英治著『宮本武蔵』を読み、禅僧沢庵師のスケール大きな生き方に感動。翌年、いわき市内の医王寺、村上徳栄老師のもとで出家。花園大学卒業後、永平寺で修行。凡事(日々のなんでもない行い)こそが大切であると学ぶ。2001年より同慶寺副住職、2008年より住職。4児の父。

食の大切さに気づき帰農。自然な生き方(半農半僧)、モノを持たない生き方を目標に奮闘中。好きな言葉は「グローバルに考え、ローカルに行動し、大地は一歩一歩踏みしめて歩くこと」。「あきらめない」。


【震災時以降の詳細】

2011年3月11日、原発から17キロの同慶寺で被災。午後4時、ツイッターで福島原発の「全電源喪失」の情報を知る。
午後6時、幼い子ども3人を含む家族で避難開始。避難経路は11日南相馬~福島市、12日会津若松市、13日長野県大町市、14日福井県永平寺町へ。避難行動を共にする仲間は増え一時は30人を越える。しかし、自身は同年3月末より単身福島に戻る。妻子を福井に残し福島と福井を往復しながら活動を開始。全国に離散した檀信徒の要請に応えながら、他地域に被災地の現状を伝える活動も行う。
2013年より2年間避難した福井から妻子共にいわき市に移住。現在はいわき市の避難先からお寺まで片道75㎞を通いながら活動中。
Updates
  • 会場住所 は 福島県南相馬市小高区小高上広畑246 に変更されました。 Orig#436487 2019-05-21 14:40:55
Fri Jun 21, 2019
1:00 PM - 3:30 PM JST
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Venue
同慶寺本堂
Tickets
予約券 FULL
Venue Address
福島県南相馬市小高区小高上広畑246 Japan
Organizer
インド仏教最高指導者・佐々井秀嶺師を迎えて
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